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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)19号 判決

上告人

中央選挙管理会

右代表者委員長

皆川迪夫

右指定代理人

増井和男

外一一名

右参加人

日本新党

右代表者清算人

細川護熙

右参加人

山﨑順子

右両名訴訟代理人弁護士

梶谷剛

菅田文明

田島優子

岡正晶

武田裕二

被上告人

松﨑哲久

右訴訟代理人弁護士

中島修三

相澤光江

椙山敬士

主文

原判決を破棄する。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人増井和男、同鈴木健太、同河村吉晃、同佐村浩之、同石川利夫、同寳金敏明、同古江頼隆、同野﨑守、同比佐和枝、同小野寺毅男、同村田英雄、同兵谷芳康、同斎藤秀生の上告理由第一点及び上告参加代理人梶谷剛、同菅田文明、同田島優子、同岡正晶、同武田裕二の上告理由第一点ないし第三点について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要は次のとおりである。

1  平成四年七月二六日に行われた参議院(比例代表選出)議員の選挙(以下「本件選挙」という。)に当たり、日本新党は、公職選挙法(平成六年法律第二号による改正前のもの。以下「法」という。)八六条の二第一項に基づき、一六人の候補者の氏名及び当選人となるべき順位を記載した名簿を選挙長に届け出た(以下、右名簿を「本件届出名簿」という。)。本件届出名簿の登載順位は、第一位が細川護熙、第二位が小池百合子、第三位が寺澤芳男、第四位が武田邦太郎、第五位が松﨑隆臣(被上告人。認定された通称は松﨑哲久)、第六位が小島慶三、第七位が山﨑順子(参加人。認定された通称は円より子)であった(第八位以下は省略)。本件選挙の結果、日本新党の候補者は第四順位までが当選となり、第五順位の被上告人は次点となった。

2  日本新党は、平成五年六月二三日、選挙長に対し、文書で、被上告人が除名により日本新党に所属する者でなくなった旨の届出(以下「本件除名届」という。)をした。この届出書には、法の規定するところに従い、当該除名の手続を記載した文書及び当該除名が適正に行われたことを日本新党の代表者細川護熙が誓う旨の宣誓書が添えられていた。

3  細川護熙及び小池百合子が同年七月五日公示の衆議院議員総選挙に立候補する旨の届出をしたので、参議院議長は、同日、内閣総理大臣に対し、参議院議員の欠員が生じた旨の通知をした。これを受けて、選挙長は、同月一五日に選挙会を開き、選挙会は、本件届出名簿のうちから、第六順位の小島慶三及び第七順位の参加人山﨑順子の両名を当選人と定め(以下、参加人山﨑順子についての決定を「本件当選人決定」という。)、上告人は、同月一六日にその告示をした。

二  原審は、右事実関係の下において、次のとおり判示して、本件当選人決定を無効とした。

1  本件除名届については、日本新党から法定の文書が提出されているから、本件除名届の受理に当たって選挙長のした審査に義務違反があったとはいえず、また、選挙会のした本件当選人決定に係る判断それ自体に過誤があったとはいえない。

2  しかし、当選訴訟の趣旨、目的が、選挙会の審査と罰則のみによっては必ずしも達成されない選挙秩序の実質的な維持、実現を図ることにあることを考慮すると、選挙会の判断それ自体には過誤がなくても、その判断の前提ないしは基礎を成し、かつ、当該選挙の基本的秩序を構成している事項が法律上欠如していると認められ、したがって、選挙会の当選人の決定の効力がその存立の基礎を失い、無効と認めるべき場合には、当選訴訟において当該当選を無効とすべきである。

3  参議院(比例代表選出)議員の選挙における政党等による名簿登載者の選定は、いわゆる拘束名簿式比例代表制による選挙機構の必要不可欠で最も重要な一部を構成しているものであって、当選人決定の実質的な要件を成している。したがって、政党等による名簿登載者の除名が不存在又は無効である場合には、有効な除名が存在することを前提としてされた繰上補充による当選人の決定は、その存立の基礎を失い、無効に帰するものと解すべきものである。

4  政党によるその所属員の除名について、その政党の規則、綱領等の自治規範において、除名要件に該当する事実の事前告知、除名対象者からの意見聴取、反論又は反対証拠を提出する機会の付与等の民主的かつ公正な適正手続が定められておらず、かつ、除名がこのような手続に従わないでされた場合には、当該除名は公序良俗に反し無効であると解すべきである。前記の日本新党による被上告人の除名は、日本新党の自治規範である党則の規定に除名について民主的かつ公正な適正手続が定められておらず、かつ、民主的かつ公正な適正手続に従ってされたものではないと認められるから、無効である。したがって、これが有効であることを前提としてされた本件当選人決定は、その存立の基礎を失い、無効に帰するものというべきである。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  参議院(比例代表選出)議員の選挙においては、各政党等のあらかじめ届け出た名簿の登載順位によって当選人を決定するいわゆる拘束名簿式比例代表制が採られており、選挙後に、参議院(比例代表選出)議員の欠員が生じた場合に、当該議員の名簿に係る登載者で当選人とならなかったものがあるときは、選挙会を開き、その者の中から、名簿の順位に従い、繰上補充により当選人を定めることとし(法一一二条二項)、繰上補充に際しては、名簿登載者で当選人とならなかったものにつき除名により当該名簿届出政党等に所属する者でなくなった旨の届出が、文書で、欠員が生じた日の前日までに選挙長にされているときは、これを当選人と定めることができないこととし(同条四項、法九八条二項前段)、この除名届出書には、当該除名の手続を記載した文書及び当該除名が適正に行われたことを代表者が誓う旨の宣誓書を添えなければならないこととしている(法一一二条四項、九八条三項、八六条の二第六項)。

このように、法は、選挙会が名簿届出政党等による除名を理由として名簿登載者を当選人となり得るものから除外するための要件として、前記の除名届出書、除名手続書及び宣誓書が提出されることだけを要求しており、それ以外には何らの要件をも設けていない。したがって、選挙会が当選人を定めるに当たって当該除名の存否ないし効力を審査することは予定されておらず、法は、たとい客観的には当該除名が不存在又は無効であったとしても、名簿届出政党等による除名届に従って当選人を定めるべきこととしているのである。そして、法は、届出に係る除名が適正に行われることを担保するために、前記宣誓書において代表者が虚偽の誓いをしたときはこれに刑罰を科し(法二三八条の二)、これによって刑に処せられた代表者が当選人であるときはその当選を無効とすることとしている(法二五一条)。

2  法が名簿届出政党等による名簿登載者の除名について選挙長ないし選挙会の審査の対象を形式的な事項にとどめているのは、政党等の政治結社の内部的自律権をできるだけ尊重すべきものとしたことによるものであると解される。

すなわち、参議院(比例代表選出)議員の選挙について政党本位の選挙制度である拘束名簿式比例代表制を採用したのは、議会制民主主義の下における政党の役割を重視したことによるものである。そして、政党等の政治結社は、政治上の信条、意見等を共通にする者が任意に結成するものであって、その成員である党員等に対して政治的忠誠を要求したり、一定の統制を施すなどの自治権能を有するものであるから、各人に対して、政党等を結成し、又は政党等に加入し、若しくはそれから脱退する自由を保障するとともに、政党等に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営することのできる自由を保障しなければならないのであって、このような政党等の結社としての自主性にかんがみると、政党等が組織内の自律的運営として党員等に対してした除名その他の処分の当否については、原則として政党等による自律的な解決にゆだねられているものと解される(最高裁昭和六〇年(オ)第四号同六三年一二月二〇日第三小法廷判決・裁判集民事一五五号四〇五頁参照)。そうであるのに、政党等から名簿登載者の除名届が提出されているにもかかわらず、選挙長ないし選挙会が当該除名が有効に存在しているかどうかを審査すべきものとするならば、必然的に、政党等による組織内の自律的運営に属する事項について、その政党等の意思に反して行政権が介入することにならざるを得ないのであって、政党等に対し高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をすることのできる自由を保障しなければならないという前記の要請に反する事態を招来することになり、相当ではないといわなければならない。名簿登載者の除名届に関する法の規定は、このような趣旨によるものであると考えられる。

3  参議院議員等の選挙の当選の効力に関するいわゆる当選訴訟(法二〇八条)は、選挙会等による当選人決定の適否を審理し、これが違法である場合に当該当選人決定を無効とするものであるから、当選人に当選人となる資格がなかったとしてその当選が無効とされるのは選挙会等の当選人決定の判断に法の諸規定に照らして誤りがあった場合に限られる。選挙会等の判断に誤りがないにもかかわらず、当選訴訟において裁判所がその他の事由を原因として当選を無効とすることは、実定法上の根拠がないのに裁判所が独自の当選無効事由を設定することにほかならず、法の予定するところではないといわなければならない。このことは、名簿届出政党等から名簿登載者の除名届が提出されている場合における繰上補充による当選人の決定についても、別異に解すべき理由はない。右2に述べた政党等の内部的自律権をできるだけ尊重すべきものとした立法の趣旨にかんがみれば、当選訴訟において、名簿届出政党等から名簿登載者の除名届が提出されているのに、その除名の存否ないし効力という政党等の内部的自律権に属する事項を審理の対象とすることは、かえって、右立法の趣旨に反することが明らかである。

したがって、名簿届出政党等による名簿登載者の除名が不存在又は無効であることは、除名届が適法にされている限り、当選訴訟における当選無効の原因とはならないものというべきである。

4  前記の事実関係によれば日本新党による本件除名届は法の規定するところに従ってされているというのであるから、日本新党による被上告人の除名が無効であるかどうかを論ずるまでもなく、本件当選人決定を無効とする余地はないものというべきである。

以上と異なる判断の下に本件当選人決定を無効とした原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、被上告人の請求を棄却すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男)

上告代理人増井和男、同鈴木健太、同河村吉晃、同佐村浩之、同石川利夫、同寳金敏明、同古江頼隆、同野﨑守、同比佐和枝、同小野寺毅男、同村田英雄、同兵谷芳康、同斎藤秀生の上告理由

第一点 当選人決定の無効事由と公職選挙法

原判決は、「平成四年七月二六日に行われた参議院(比例代表選出)議員の選挙について同選挙の選挙会が平成五年七月一五日にした決定及び上告人が同月一六日にした告示に係る山﨑順子(通称円より子)の当選を無効」とした。原判決は、その理由として、被上告人についてされた除名の届出を受理するに当たって本件選挙の選挙長に審査義務の違反はなく、選挙会がした当選人の決定自体にも過誤はないが、参議院(比例代表選出)議員の選挙において、名簿届出政党が名簿登載者についてした除名が不存在又は無効である場合には、これを前提としてされた繰上補充による当選人の決定も無効に帰する旨判示している。

しかしながら、右判断には、以下に述べるとおり、公職選挙法(平成六年法律第二号による改正前のもの。以下「法」という。)一一二条二項、同条四項により準用される九八条二項前段、同条三項により準用される八六条の二第六項、二〇八条一項の解釈適用の誤りがあり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 選挙会における審査事項と当選人の決定

1 参議院(比例代表選出)議員の欠員が生じた場合における繰上補充に当たって、当選人と定めることができないとされているのは、名簿登載者で当選人とならなかったものにつき除名等により当該名簿届出政党等に所属する者でなくなった旨の届出が、文書で、繰上補充の事由が生じた日の前日までに選挙長にされているときである(法一一二条四項、九八条二項前段)。これを除名についていえば、当選人と定めることができないとされているのは、「除名……の届出」がされた者であり、「除名」がされた者ではない。また、繰上補充の事由が生じた日の前日までにされなければならないのも、「除名……の届出」であり、「除名」自体ではない。これらのことは、右各条項により明らかである。

2 ところで、政党は、国民がその政治的意思を国政に反映させ実現させるための最も有効な媒体であって、議会制民主主義を支える上において極めて重要な存在である(憲法も、その存在を当然に予定している。)。そして、政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をする自由を保障しなければならない(最高裁昭和四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号六二五ページ、同昭和六三年一二月二〇日第三小法廷判決・裁判集民事一五五号四〇五ページ、判例時報一三〇七号一一三ページ)。

そこで、法は、参議院(比例代表選出)議員の立候補の届出を挙げてその政党の判断にゆだねた(八六条の二第一項)上、名簿登載者に対する除名についても、その正当性は当該政党自身の判断にゆだね、その担保として、除名の届出の際に、「除名の手続を記載した文書」と「当該除名が適正に行われたことを代表者が誓う旨の宣誓書」とを提出させることとした(八六条の二第六項)。そして、さらに、法は、繰上補充による当選人の決定について、前記のように、「除名……の届出」を基準とする定めをした。この定めは、国家権力が政党の除名について審査を加えることによって政党へ不当に介入することを排除し、もって政党の自律性を確保する必要がある一方、選挙会において限られた時間内に除名の存否及びその効力の有無について判断することは容易ではないという配慮に基づくものである。

3 しかるに、原判決は、選挙長による除名の届出の受理及び選挙会における当選人の決定については右の理を認め、「選挙長は、右受理にあたって、除名届出書、除名手続書及び宣誓書の有無並びにこれら文書の法定記載事項・……の記載の有無を審査し、これらがいずれも具備されており、かつ、右各文書が前示法定の日までに提出されている限り、それを受理すべきであり、また、選挙会は、右受理がされている限り、右被除名者を当選人と定めることができないものとして、繰上補充による当選人の決定をすべきものである。」(原判決三二ページ)と判示しながら、「繰上補充による当選人の決定にあたり、当該名簿の名簿登載者につき当該政党から除名届出がされたため、被除名者より下位の名簿登載者を当選人とした決定は、除名が不存在又は法律上無効であるときには、その効力を有しない」(原判決三五ページ)と判示して、有効な除名の存在を被除名者より下位の名簿登載者の当選人決定の要件とし、かつ、この点が裁判所の審理、判断の独自の対象となるとした。

原判決は、その理由として、次のとおり説示している(原判決三五ページないし四六ページ)。①法が当選訴訟を設けているのは法の定める選挙秩序を維持するためであるから、当該当選を無効とすべき場合には、選挙会の判断の前提ないし基礎をなし、かつ、当該選挙の基本秩序を構成している事項が法律上欠如し、選挙会の当選人の決定の効力がその存立の基礎を失った場合も含まれる。②一般的に、行政行為が私人の行為を前提として行われ、かつ、当該私人の行為が行政行為と深い関連性を有し、行政行為の実質的要件を構成している場合において、私人の行為が不存在又は無効であるときは、当該行政行為自体に瑕疵がなくても、行政行為は無効と解すべきである。拘束名簿式比例代表制による参議院議員の選挙においては、政党の名簿登載者の選定は選挙機構の必要不可欠かつ最も重要な一部を構成し、当選人決定の実質的な要件をなしているし、政党が名簿登載者についてする除名は名簿登載者を変更することにほかならない。したがって、除名が不存在又は無効のときにも除名届書等の提出のみをもって被除名者を当選人と定めることができないとすることは実質的な公正さを損なうのみならず、いったん届け出られた名簿に基づいて投票が行われた後においてされる除名は、選挙人の投票意思をも無視することとなるから、右の一般論は除名及びこれを前提としてされる当選人の決定についてより一層強く妥当する。③法は、政党がその所属員を除名するについては、その規則、綱領等において、除名要件及び民主的かつ公正な除名手続を具体的に定め、それに従って当該除名が行われることを当然の前提としている。

そして、さらに、原判決は、④裁判所が、当選訴訟において、除名が民主的でかつ公正な適正手続に基づいてされたかどうかについて限定して審理、判断をする限り、司法による政党の自治ないし自律に対する不当な介入又はそのおそれはないと説示している(原判決五一ページ)。

4 しかし、さきに述べたところから明らかなように、原判決の右①ないし④が、いずれも法解釈の限界を超えることは明らかである。

原判決は、選挙会において除名の効力について審査、判断することを否定しながら、除名の不存在又は無効が当選人決定の無効をもたらすことを認めるが、行政庁は、本来瑕疵のない適法・有効な行政行為をする権限と責務を有するのであって、原判決のいうように、そもそも行政庁が審査権限を有しない事由が当該行政庁の行政処分の無効事由となると解することは背理である(ちなみに、後記の「私人の公法行為」を前提としてされた行政行為の効力が問題となる場合には、当該行政庁がその前提となる「私人の公法行為」の効力について審査権限を有すると解されている。)。しかも、原判決の考え方に従えば、行政自体は常に国会議員の地位を確定することができないこととなるが、その不当なことは明白である。それだからといって、選挙会において政党がした除名の存否及びその効力の有無について審査する権限と責務を認めると、行政の政党に対する不当な介入という弊害を生ずるばかりでなく、本来正確かつ迅速にされなければならない参議院(比例代表選出)議員の当選の確定が著しく遅延する(それらのことは、平成六年法律第二号による改正後の公職選挙法の下では衆議院(比例代表選出)議員の当選の確定についても同様に生ずる。)こととなる。原判決の論理は、到底採用することができない。

二 私人の行為の無効と行政行為の効力

1 原判決は、行政行為が私人の行為を前提として行われる場合において、私人の行為が不存在又は無効であるときに、行政行為それ自体に瑕疵がなくても、行政行為が無効となる場合があるとした上で、名簿届出政党が名簿登載者に対してした除名の不存在又は無効が、当該名簿登載者よりも下位の登載者を当選人と定めた選挙会の決定を無効とするとしている。

2 確かに、私人の公法行為が行政行為の前提要件をなす場合において、私人の公法行為が存在しないか無効と認めるべきときには、当該行政行為は前提を欠き原則として無効となるとする見解(田中二郎・行政行為論三三二ページ)もある。しかし、右見解において前提とされている私人の行為とは、申請、公務員の退職願い、国籍離脱の届出、道路位置指定処分についての承諾などの「私人の公法行為」であって、任意団体である政党が党員に対してした除名のように、純然たる私法上の行為とはその性質が異なる。仮に本件で「私人の公法行為」とみ得るものがあるとすれば、それは政党が選挙長に対してする「除名の届出」であり、その「除名の届出」そのものが有効に存在することは原判決の適法に確定するところである(原判決三四ページ)。原判決は「私人の公法行為」に関する理論をそのまま私法上の行為にあてはめて結論を導いたものであって、原判決にはその結論に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

三 当選訴訟の趣旨、目的

1 法二〇八条一項は、「……参議院議員の選挙において、……当選をしなかった者……で当選の効力に関し不服があるものは、……訴訟を提起することができる。」と定めているが、右の「当選の効力に関し不服」の具体的な内容については必ずしも明確に規定していない。しかし、当選訴訟は、選挙会における当選人の決定ないし中央選挙管理会等における当選の告知、当選人等の告示について違法性の有無を審理、判断し、その効力を失わせることを目的とする訴訟であり、原判決のいうように、当選訴訟が「選挙長及び選挙会による審査並びに罰則のみによっては必ずしも達成されない選挙秩序の実質的な維持・実現を図ることにある」(原判決三七ページ)のではない。したがって、裁判所は、右の決定等に瑕疵があるかどうかについてのみ審理、判断し、右の決定等に瑕疵がない場合には、原告の請求を棄却すべきである。換言すると、当選人の決定手続上、選挙会においては、除名届出書、除名手続書及び宣誓書を審査し得るにとどまる(法一一二条四項、九八条三項、八六条の二第六項)から、その審査権の及ばない「除名」自体の存否又はその効力の有無が当選人の決定の瑕疵を招来するものではなく、裁判所も「除名」自体に瑕疵があることを理由として当選人の決定等を無効とすることはできない。本件の場合、原判決も認めるとおり、選挙会ないし中央選挙管理会においては、与えられた審査権限の範囲内で過誤のない判断をしているから、山﨑順子の当選が無効とされる筋合いではない。

2 原判決は、選挙会における判断それ自体に過誤がなくても、当選訴訟において当選を無効とすべき場合があるというが、このような解釈を採る法令上の根拠はない。原判決の論理によれば、名簿届出政党が名簿登載者に対してした除名について、選挙会においてはその審査権限の範囲内で「除名の届出」の有効性のみを判断すれば足りるところ、裁判所は、これに加えて、「除名」自体の存否及びその効力の有無をも判断すべきこととなる。しかし、そのような解釈は、国家権力の政党への不当な介入を排除して政党の自律性の確保を図ろうとする法の趣旨に反することになるほか、行政機関が第一次的判断権を行使しない「除名」自体の有効性に関して裁判所が直ちに司法判断を行うことになり、行政事件訴訟の本旨に反する。結局、右のような司法判断を求めることは、明文の規定がないのに、当選人の決定等に当たって裁判所に準行政的な役割を担わせることとなるから、右解釈を採用することはできない。

第二点 政党による党員の除名と民法九〇条

原判決は、本件除名が日本新党の党則に従ってされたという事実は認められるが、右党則の除名に関する規定は、「除名対象者を除名手続における主体としての地位を承認して参加させ、除名対象者に対し、除名要件に該当する具体的事由を予め告知したうえ、それにつき除名対象者から意見を聴取し又は除名対象者に反論若しくは反対証拠を提出する機会を与える等民主的かつ公正な適正手続を定めておらず、かつまた、本件除名が民主的かつ公正な適正手続に従ってなされたものでない」から、本件除名は公序良俗に反し無効である旨判示する(原判決五七ページ)。

しかし、右判示は、以下に述べるとおり、民法九〇条の解釈適用を誤ったものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 政党による党員の除名の法的性質

1 原判決は、拘束名簿式比例代表制による参議院議員選挙の投票後にする名簿登載者の除名は、「国家公務員である国会議員の選定過程の最も重要な一部に関わるものであって、公的ないしは国家的性質を有し、単に政党の内部事項にとどまるとはいえない」と判示している(原判決五〇ページ)。

しかし、政党から選挙長に対する除名届出の添付書類及びその記載事項は、投票の前後を通じて同じであり(八六条の二第六項)、他に除名の手続要件を変更する規定は存しない。また、いったん当選人となった者に対し政党が除名をしても、その除名は、国会議員としての地位に影響を及ぼさないから、公的ないしは国家的性質を有せず、単に政党にかかわる私的事項にすぎない。右にみたところによれば、政党による党員の除名が公的ないしは国家的秩序に何らかのかかわりがある場合があるとしても、それはあくまで派生的な結果にすぎないのであって、除名が本来政党の私的な自律権の行使であることは明らかである。原判決は、政党による党員の除名について右の本質を見誤っている。

2 原判決は、拘束名簿式比例代表制の選挙における名簿登載者の選定及びそれらの者の間における当選人となるべき順位の決定を重視した結果、除名の効力について前記のとおり解した。そして、投票後の除名が、選挙人の投票にかかる意思を無視する面があることは否定できない。しかし、名簿届出政党等に「所属する者」には、当該政党等が「推薦する者」が含まれており(八六条の二第一項柱書)、投票後にこの推薦の取消しがあった場合にも選挙人の意思を無視する結果となることは除名の場合と同様であるが、推薦の取消しについて適正手続を求める法律上の根拠はなく、告知・聴聞といった手続を観念することも困難である。したがって、法が、除名についてのみ原判決のいうような適正手続を要求しているとは到底考えられず、原判決のように解することが法の趣旨・目的に合致するとはいえない。

二 政党による党員の除名の効力

1 政党は、政治上の信条、意見等を共通にする者が任意に結成する政治結社であり、内部的には、通常、自律的規範を有し、その党員に対して政治的忠誠を要求したり、一定の統制を施すなどの自治権能を有するものであり、議会制民主主義を支える上で極めて重要な存在である。したがって、政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなし得る自由を保障しなければならない。また、政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決にゆだねるのが相当である。したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に従ってされたかどうかによって決すべきである(前掲最高裁昭和六三年一二月二〇日第三小法廷判決参照)。原判決も、基本的にはこれと同じ見解に立った上、日本新党の党則のうち除名に関する部分は公序良俗に反するから無効であるし、実際に本件除名は条理に基づき適正な手続に従ってされたものでもないから、結局、本件除名は公序良俗に反して無効であるとしたものと思われる。

2 原判決が、いったん届け出られた名簿に基づいて投票が行われた後における除名のうち、民主的かつ公正な適正手続によらないものを無効とした理由は、①法は、政党が名簿登載者に対して除名をするにはその自治規範において民主的かつ公正な手続を定め、除名がそれに従ってされるべきことを予定しており、このような手続の下で除名がされるべきことは選挙秩序の一部をなしているから、当選訴訟で民主的かつ公正な適正手続が履践されたかどうかに基づいて除名の効力を判断することは法の趣旨・目的に合致すること、②除名は、国会議員の選定過程の最も重要な一部にかかわるものであって、公的ないし国家的性質を有し、単に政党の内部事項にとどまるとはいえず、除名対象者に当該手続の主体としての地位を与えて参加させ、告知聴聞の機会を与えることは除名手続が民主的かつ公正なものであるためにも、また除名が除名事由に該当する真実の事実に基づいてされることを保障するためにも必要不可欠であること、という二点である。

しかし、①の点については、政党による党員の除名は本質において当該政党の自治・自律にゆだねられた団体内部の私的行為であり、仮に法が原判決の判示するようなことを予定しているとしても、除名が民主的かつ公正な手続によってされることが選挙秩序の一部をなしているとはいえない。また、当該訴訟は選挙秩序一般の維持、実現を図ることを目的とするものではないから、当選訴訟において裁判所が除名の効力を判断することが法の趣旨・目的に合致するともいえない。

また、原判決の②の理由は、右一に述べた除名の法的性質の解釈を誤ったか、その誤った解釈を前提とするものであり、排斥を免れない。

三 除名の効力に関する判断の誤り

1 原判決は、日本新党の党則には、除名対象者に当該手続の主体としての地位を与えて参加させ、告知聴聞の機会を与える等、民主的かつ公正な適正手続を定めた規定が存しないし、本件除名は民主的かつ公正な手続に従ってされたものではないから、本件除名は無効であるとしている。

2 しかし、政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をする自由を保障しなければならない。そして、右のような政党の自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党がした除名の当否については、原則として自律的な解決にゆだねるのを相当とする(前掲最高裁昭和六三年一二月二〇日第三小法廷判決参照)。

これを本件についてみるに、日本新党は、その党則をもって、党員が①党の目的に著しく反する行為若しくは②党員として不名誉な行為をしたとき又は③党員としての適格性を著しく欠くときは、常任幹事会の決議により、除名することができる(一三条)と定めている(原判決五三ページ)が、法はこのような党則が原判決のいう民主的かつ公正な適正手続を定めていないからといって、立候補の届出を受理しないこととしているわけではない(八六条の二第二項二号。仮に法が原判決のように除名について民主的かつ公正な適正手続が必要であるという考え方に立つのであれば、むしろ早期に立候補の届出の段階でその手続の有無を審査して、混乱を未然に防ぐようにしたはずである。)。そして、原判決は、本件除名が、日本新党の右党則に従い、右③に該当するとして、常任幹事会の決議によってされたと認定している(原判決五四ページ)。そうすると、日本新党がした本件除名は政党の自律権の行使として尊重されるべきことは当然であり、ひとり裁判所が卒然として独自の法解釈をしてその無効を宣言すべきものではない。

付言すると、原判決の説示するような手続規定を欠くこと、あるいは原判決の説示する手続を欠いた処分が公序良俗に反するか否かは、健全な社会常識に照らして判断するほかはないが、右に述べた政党というものの特質、除名の性質、更には党則の効力を否定するには慎重な態度が要求されるといった点を考慮するならば、右手続を欠くことが公序良俗に反するのは、社会一般に、政党による党員の除名には右のような手続を履践することが必要であるとの認識が確立し、通常人であればかかる規定ないし手続を欠く除名の効力を否定するのが当然と考える場合に限られる。しかし、いまだ我が国において右のような認識が確立しているとはいえないから、原判決の右判断は誤りというほかはない。

3 ちなみに、これまでは、より強く適正手続の要請される行政手続においてさえ、聴聞手続の瑕疵は、直ちに処分の違法をもたらすものではなく、その瑕疵が結果に影響を及ぼす可能性がある場合に限り、当該行政処分の違法をもたらすと解されている(個人タクシー事業免許申請の審査に関する最高裁昭和四六年一〇月二八日第一小法廷判決・民集二五巻七号一〇三七ページ、一般乗用旅客自動車運送事業免許申請の審査に関する最高裁昭和五〇年五月二九日第一小法廷判決・民集二九巻五号六六二ページ)。公務員の懲戒処分についても常に、告知・聴聞が必要であるとは解されていない。このことからも、政党における党員の除名には告知・聴聞の手続が必要であり、これを欠く党則あるいは除名は公序良俗に反するとした原判決には、民法九〇条の解釈適用の誤りがある。

4 なお、以上は本件除名が本件選挙との関係でどのような効力を持つかについて検討した結果にすぎないが、原判決は、本件除名が日本新党との関係でどのような効力を持つと考えているのか明らかでない。仮に、本件選挙との関係のみならず、同党との関係でも除名が無効であるとすると、拘束名簿式比例代表制による選挙の投票後に、名簿登載者で当選人とならなかった者につき除外がされた場合にのみその効力を否定することになり、通常の場合の除名の効力の有無に関する判断と均衡を失することになる。他方、本件選挙との関係においてのみ除名が無効であり、日本新党との関係では除名が有効であるとすることは、比例代表制選挙の趣旨・目的に反するばかりでなく、徒らに法律関係を複雑にするというそしりを免れない。

以上のとおり、原判決には公職選挙法及び民法の解釈適用の誤りがあり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

上告参加代理人梶谷剛、同菅田文明、同田島優子、同岡正晶、同武田裕二の上告理由

はじめに

本件は、参議院比例代表選出議員選挙制度における議員の身分の得喪に関するはじめての事案であり、政党の自治・自律と司法関与に関する極めて重大な判断を要する案件である。特に、近時、衆議院選挙においても一部比例代表制が導入されたことにより、一層政党の役割と責任が増大したことからも、政党の行為に対する司法判断の限度の問題は極めて重要である。かかる重大な案件であることに鑑み、具体的上告理由を記述するに先立ち、原判決の問題性について、特に二点を強調しておきたい。

第一に、原判決が、政党の自治・自律に委ねられるべき事項について、司法判断をなしていることである。

原判決も認めるように、政党の自治・自律は最大限保障されるべきであることは言うまでもないことである。

参議院比例代表選出議員選挙制度のもとにおいては、究極的には議員個人を選挙するものとはいえ、選挙人の基本的選択基準は政党の掲げる政策であり、政党は、当該政党の政策を実現しうる力量を有し、議員として相応しい人格、識見を備える者を、党を代表する候補者として選出するのであり、候補者の選定(名簿の登載)は、政党の国民に対する最も重要な責務であって、政党本位を基本とする本制度の根幹である。このことは、候補者を選定した後、当該候補者が不適格と判断した場合においても同様である。ただ、政党の恣意による排除を認めない趣旨から、候補者の抹消は除名等の場合に限定するに過ぎない。比例代表制選挙制度の根幹をなす候補者(名簿人)の選定及び除名による抹消は、高度に政治的なものであり、その内容及び手続の両面にわたって政党の自主的判断に委ねるべきであって、その適否について司法が介入すべきではなく、最終的に国民の選挙によって審判されるべきものである。

第二に、原審が、判決の効果を直接に受ける実質的当事者というべき参加人日本新党及び同山﨑順子(通称円より子)の主張・立証を全く聞くことなく、参加人日本新党が行った被上告人松﨑哲久に対する除名を無効と判断していることである。

本件事案は、もともと、参加人を当事者とする別訴において審理さるべきものであり、本件当選訴訟においては、中央選挙管理会の行為自体の違法による当該行為の無効の有無につき審理すべきものであった。原審裁判所において、原審で審理可能と判断したのであれば、本件が、参議院議員の地位の得喪に関する国政上に影響を与える極めて重要な案件であり、かつ、高等裁判所を第一審とする一回限りの事実審事件であること、また、原審被告(上告人)中央選挙管理会が、本件除名の有効性について事実的主張を行っておらず、原被告間で主張及び争点が乖離していたこと等に鑑みれば、原審裁判所において除名無効の事実的判断を行うのであれば、行政事件訴訟法二二条一項に基づき職権による参加の決定をし、参加人らに十分主張・立証を行わせ審理を尽くした上で判断すべきであった。もし、原審が参加人らを参加させたならば、その事実判断は反対の結論になったであろう。

原判決は、参加人らが原審に参加することが可能であったことを理由として、原審で参加人らが当事者でなくとも除名の効力につき判断し得る旨述べるが、職権または当事者の申立による参加の決定がなされたにも拘らず参加人らが敢えて主張・立証を行わない場合ならともかく、参加決定乃至訴訟告知もしていない本件において、参加しない故をもって実質的不利益を課すことに合理的理由はない。特に参加人山﨑は、原審の争点等の内容はもとより、原審が係属していること自体知らず、判決後はじめて知ったのであるから、参加が可能であったとの判示は全くの虚構である。

原審裁判所が、参加人らに主張・立証する機会を与えず、全く不意打ち的に事実判断をして本件除名を無効とし、参加人山﨑の参議院議員の身分を失わしめる判決を一方的に行ったことは、憲法三二条の「裁判を受ける権利」を実質的に侵害するものである。

原判決が、形式的論理を幾ら積み重ねたとしても、実質的当事者である参加人らの声を聞こうともせず、現に参議院議員として国民の生活の向上のために誠実に全力を傾注して国政に参与している参加人山﨑の地位を根底から覆す当選無効の判決をなしたことは、国民の裁判に対する信頼を根底から揺るがすものであり、その回復のためにも速やかに原判決を破棄されるよう切望する。

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな、政党の結社の自由についての憲法二一条一項の解釈を誤った違法がある。

原判決は、憲法二一条一項により最大限の自治ないし自律が保障されている政党が、その自治規範の定める手続に従って行った除名であっても、拘束名簿式比例代表制による参議院議員の選挙において、いったん届け出られた名簿に基づいて投票が行われた後における名簿登載者に対してする当該政党の除名については、民主的かつ公正な適正手続が遵守されていない限り無効であるとし、「民主的かつ公正な適正手続」の内容として、除名対象者を除名手続における主体としての地位を承認して参加させ、除名対象者に対し、除名要件に該当する具体的事由を予め告知したうえ、それにつき除名対象者から意見を聴取し又は除名対象者に反論若しくは反対証拠を提出する機会を与えること等と例示したうえ、日本新党の本件党則の除名に関する規定は、民主的かつ公正な適正手続を定めておらず、かつまた、本件除名が民主的かつ公正な手続に従ってなされたものでないことは明白であるから、本件除名は公序良俗に反し無効であると判示している。

しかしながら、原判決も認めるとおり、政党の自治ないし自律は憲法上最大限に保障されたものであり、従って、党員の除名事由及び除名手続を如何様に定めようとも、それは政党の自由なのであって、その是非は、如何なる場合でも、唯一選挙を通じて国民の審判により決せられるべきものなのであるから、本件除名が参加人日本新党の自治規範である党則に定める除名事由に該当し、規定された手続に従って行われたものである以上、無効とされる余地はないものと解すべきであって、これに反する原判決の右解釈には、憲法二一条一項の解釈を誤った違法がある。

二 原判決は、右判断を導くにあたり最高裁昭和六三年一二月二〇日第三小法廷判決を引用しているが、右判決の判旨は、「政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまるかぎり、裁判所の審判権は及ばないというべきであるというものであって、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らして……決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。」というものであって、これから原判決の結論を導きだすことはできない。

右最高裁判決は、政党の処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合にのみ裁判所の審判権が及ぶと判示しているが、これは政党の処分そのものが訴訟物であるときには(党員地位確認訴訟等)裁判所の審判権は及ばないが、政党の処分の結果、一般市民としての権利が侵害され、その権利を訴訟物とする訴訟が提起された場合には(家屋明渡請求等)、その場合に限って、その訴訟物の審理のための前提問題として、政党の処分の当否につき、裁判所が審理判断できるとしたものである。部分社会論に関する一連の最高裁判決と同様に、右判決も、訴訟物自体に法律上の争訟性がなければ、裁判所の審判権は及ばないとしているのである。本件は民衆訴訟たる当選訴訟であり、法律上の争訟は存在せず、右判決によれば、本件において裁判所は審判権を行使しえないものである。

また、右判決は、政党が議会制民主主義を支える上において極めて重要な存在であることから、政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由を保障しなければならないことを認め、政党が自律的運営として党員に対してなした除名処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、極めて例外的な場合にのみ司法審査の対象となしうるものとしている。そして司法審査ができる場合でも、処分の当否は、当該政党が自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情がない限り、右規範に照らして、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、裁判所の審理もこの点に限られるとした。そしてこの自治規範が公序良俗に反するなどの特段の事情というのは、政党の自主性及び自律性保障の観点から、極めて限定的かつ例外的な場合に限ることを当然の前提にしていることは明らかである。

従って、右判決によれば、政党の自治規範につき公序良俗に反するという判断を下すには、その認定は極めて慎重に、あらゆる角度から検討して行わなければならないものである。にも拘らず、原判決は、本件党則の形式的・外形的事実のみを見て、これに告知・聴聞に関する規定が存在しないという一点をもって、公序良俗に反するものであるという認定をおこなったのであり、これは、右判決に明らかに反し、また憲法二一条一項に定める政党結社の自由の解釈を誤った違法な判断である。

三 また、原判決は、本件が、拘束名簿式比例代表制による参議院議員の選挙において、いったん届け出られた名簿に基づいて投票が行われた後における名簿登載者に対してする当該政党の除名であることを理由として、一般の除名と異なり、特に民主的かつ公正な適正手続を具備していることを除名の有効要件とし、政党の結社の自由を制限しているが、この判断は適切でない。

拘束名簿式比例代表制による選挙において、有権者が名簿登載者の属性及び順位を参考に投票する側面があることは否めないにしても、判断の中心は個々の政策を掲げる政党の選択にあり、制度上も投票は政党に対して行われるのであるから、名簿登載者に対する投票と捉えてこの固定に結社の自由を上まわる価値を置くのは誤りである。

政党が、その代表として参議院議員となるにふさわしい候補者を選定の上名簿に登載した後、当該候補者が不適格者となったと判断した場合、これを参議院議員候補者から外すことは、政党が有権者に対して負う当然の責務であり、その判断は、司法権の介入を許さない、高度に政治的なものなのであって、政党が是認するその判断を、民主的かつ公正な適正手続を踏んでいないというだけの理由で無効とすることは許されない。

第二点 原判決には、繰上補充による参議院比例代表選出議員の当選を無効とすべき事由についての公職選挙法の解釈につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一 原判決は、投票後における、名簿届出政党による名簿登載者で当選人とならなかった者に対する除名につき、当該除名が政党の自治規範の定める手続に従ってされていても、除名対象者を当該除名手続の主体とし、これに対し告知・聴聞の機会を与えていなかったときには、当該除名は公序良俗に反する無効なものと解するのが相当であり、この場合には当該除名が有効であることを前提としてなされた繰上補充による参議院比例代表選出議員の当選は無効に帰するものと解すべきであると判示した。

しかし、公職選挙法(平成六年法律第二号による改正前のもの。以下同じ。右改正前の公職選挙法を「法」といい、その規定は条文のみで表示する。)は、政党本位の選挙制度をわが国に初めて導入するに際し、政党の自主性及び自律性の保障の観点から、高度な政治的判断を含む名簿登載者の選定及び同登載者の除名については、その内容及び手続の両面にわたって政党の自主的判断に委ねたものであり、その適否について司法が介入すべき余地はない。

原判決は、右法の解釈を誤り、政党の名簿登載者の除名手続につき、裁判所が独自に設定した「公正手続」を要求し、これに拠らない除名は無効であると判断したものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

二 昭和五七年に参議院比例代表選出議員制度が導入され、わが国の選挙制度上はじめて政党が立候補及び選挙運動の主体となり、また有権者も「個人名」ではなく「政党名」を記載して投票する「政党本位」の選挙制度が採用された。

政党は、議会制民主主義を支える上で不可欠の要素であり、国民の政治的意思の形成の媒体として重要な機能を果たしている。政党は、政策を掲げ、これを国民に問い、その実現を図るための政治的活動を行うが、そのためには政策を実現するための人材を如何なる分野、部署で活動させるかの決定は極めて重要であって、「政策と人事」は、政党の政治的活動を行う上での車の両輪と言うべきものである。

比例代表制選挙制度にあっては、政党の意思決定(名簿登載者の選定、抹消等)が選挙過程の中に現れてくるため、立法段階で、政党の意思決定方法(手続を含む)について、法が規制を加えるべきか、最低限遵守すべき手続等を法において定めるか等について論議された。

法は、将来的には政党法の制定等により、その法規制が導入されることがあり得るとしても、そのような立法が未だ存しない段階では、法が政党の内部秩序にまで立ち入り、とりわけ政党の高度な政治的判断を伴う意思決定方法に法的規制を加えることは、政党の自主性及び自律性保障の観点から妥当でないとした。このことは、立法段階の国会論議及び条文の構成等から明らかである。

三 立法段階における国会論議

昭和五七年の公職選挙法改正時の国会においては、法は政党の意思決定のあり方について規制をすべきかという点につき多くの論議がなされ、発議者より、次のとおり、政党の自主性及び自律性保障の観点から、法は右規制はしないとの説明が繰り返しなされた。

政党は、国の政治を推進したり、改革したりする政治勢力であるから法律で縛ることは妥当ではない。各政党に通ずる適当な最小公倍数が見つけられたら、政党法を立法して規制することはあり得るであろうが、当分は、政党の実態、動き等を見極めるべきである。政党を規制すると言っても、いかなる規制が妥当かは極めて難しい問題であるから、もう少し政党の実態や動きをよく見きわめる必要がある(金丸三郎参議院議員・第九六回衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会議録〔以下「衆議院会議録」という。〕四号五頁)。

政党といっても、権利能力なき社団から、数人だけで新しい政策を志向したり、新しい政治目標を達成していこうとするグループに過ぎないものまでいろいろある。特に後者のグループの活動の自由は保障しなければならない。その実態等を見極めないで政党法などを立法して規制することは時期尚早である(金丸議員・衆議院会議録七号三頁)。

政党による名簿登載者の選定については、政党法のような立法がなされていないので公職選挙法においては、選挙手続を選挙管理機関に報告するだけの規定を設け、後は政党の良識に任せ、実質的な規制は法律において政党に何ら及ばないことを基本原則とした(松浦功参議院議員・第九六回国会参議院公職選挙法改正に関する特別委員会会議録〔以下「参議院会議録」という〕二号七頁)。

また、参議院法制局の改正法立案作業者らが執筆し、発議者三名が監修した「改正公職選挙法の解説」(現代選挙法研究会)も、

「よく主張される意見として、政党の組織や運営のあり方について一定の法的枠付けをすること、すなわち『政党法』を制定することによって政党の範囲を明確にすべしという考え方がある。ところが、政党は市民社会において自由に組織され自由に活動しえてこそ、多様な国民の政治的意思の形成に協力し、かつ、結集しうること、すなわちその媒体機能は政党活動の自由によって支えられるものであることを考えると、その自由に一定の制約を及ぼすおそれのある、政党の内部秩序のあり方にまで法が立ち入るべしとする考え方には、検討すべき重大問題が多々あると考える。」(六九頁)

と述べ、立法者の意思が、法は政党の内部秩序のあり方について介入しないことにあったことを明らかにしている。そして、右立法者の意思は、当然のことながら、法の規定に明確に反映されている。

四 政党の名簿登載者に対する除名

1 法は、政党が除名の届出をなす際に、当該除名の手続を記載した文書及び当該除名が適正に行われたことを代表者が誓う旨の宣誓書を添付することを求めたが、これは宣誓書の提出のみをもって除名行為の適正の担保となし、法が政党の除名につき介入しないことを明らかにしたものである。他方、虚偽の宣誓をした代表者に対する処罰規定を置くことによって虚偽の宣誓書の提出を防止している。また右代表が刑事訴訟手続により虚偽の宣誓をしたとして刑に処せられたときには、当該代表者の当該選挙の当選が無効とされている。これらの規定は、除名に関する当選無効は、行為者である代表者のみに止め、行為者ではない繰上当選者については当選を無効としない旨を定めたものである。

2 法は、名簿を提出した後であっても、また投票がなされた後であっても、名簿届出政党が名簿登載者を除名しその旨届出をしたときは、その届出の後は、当該除名者を当該政党にかかる当選人と決定しないと明記した。

すなわち、選挙の期日の前日までに、名簿届出政党が、選挙長に対して、特定の名簿登載者を除名した旨の届出を、当該除名の手続を記載した文書及び当該除名が適正に行われたことを代表者が誓う旨の宣誓書を添えてした場合には、選挙長は名簿における当該除名者の記載を抹消しなければならないと規定した(八六条の二第五、六項)。この抹消がなされた場合、当該除名者は名簿登載者ではなくなるので、当選人となることは当然できなくなる。また万一右抹消が何んらかの理由によりなされなかったとしても、右除名の届出が適式になされている限り、当該除名者は当選人となれない旨も明記している〔九五条の二第一項の文言(当該選挙の期日において公職の候補者たる者に限る。)〕。

また、名簿登載者で当選人と決定された者につき、当選が無効になるとか、欠員が生じるなどして、繰上補充による当選決定がなされる場合において、名簿届出政党が、投票日以降当該事由が生じた日の前日までに、選挙長に対し、特定の名簿登載者を除名した旨の届出をしていた場合には(八六条の二第六項が準用されているので、添付書類は前同様)、当該除名者を当該繰上補充における当選人と定めることはできないと規定した(九八条二、三項。一一二条二、四項)。

一旦名簿を提出した以上その後は除名があったとしても一切認めないという立法も、また一旦投票がなされれば当該名簿で有権者の審判を受けたのであるからその後の除名は認めないという立法も、いずれも可能であったが、法は右立法を採用しなかった。

3 法は、政党の名簿登載者に対する除名という政治的に極めて重要な意味を有する意思決定の手続に関し、名簿登載者の選定手続に関する場合と同様に、政党に対して、除名の届出の際に当該除名の手続を記載した文書及び当該除名が適正に行われたことを代表者が誓う旨の宣誓書の添付を義務付けるだけにとどめ(八六条の二第六項、九八条三項、一一二条四項)、政党に対し、除名手続を適正に行うべしとの規定も、また除名手続を法の定める一定の条件を満たす方法(たとえば除名対象者に対し告知聴聞の機会を与えるなど)にて行うべしとの規定も、さらにはそれらの規定に違反した除名がなされた場合には当該除名は無効とする旨の規定も、一切置かなかった。また投票前の除名と投票後の除名につき異なる定めを何ら置かなかった。

このような干渉ないし規制をすることは、立法論としてはもとより可能であったであろうが、前記三記載のとおり立法者の意思は、国家機関が政党の行為に干渉ないし規制をしないとの基本的立場であった。そして、除名手続における適正を証する資料として右宣誓書の提出をさせると共に、それを以て足りるとして、それ以上政党の決定の内容及び手続に介入しないこととしたのである。

4 さらに法は、政党の名簿登載者の除名に関連した処罰規定として左記(1)の規定のみを制定し、これに関連した当選無効事由についても、(2)記載の従来の規定が定める狭いものに限った。

(1) 右宣誓書(除名が適正に行われたことの誓い)において(政党の)代表者が虚偽の誓いをした場合の刑罰規定(二三八条の二)。

(2) 当選人がその選挙に関し右記載の罪を犯し刑に処せられたときは、その当選人の当選は無効となる旨の規定(二五一条)。

右規定によれば、万一除名手続が適正に行われなかったとしても、法は、除名の手続に関し虚偽の宣誓をした代表者のみを処罰し(除名手続を適正に行わなかったことを処罰するのではなく、虚偽の宣誓をしたことを処罰するものである。)、かつその代表者の当該選挙にかかる当選のみを無効とすることにとどめ、その除名を前提にしてなされたところの当選決定の効力までは否定しないことを明らかにしたものである。

万一除名が適正手続に拠っていなかったとしても、右除名が、政党の行為と認められる以上(政党の行為として不存在である場合は別論である)、またその判断内容が除名者は当該政党を代表する参議院議員として不適格とする高度な政治的判断であるため、法が、手続の適否の問題でその政党の判断の効力を否定することは妥当ではなく、その当否は主権者たる国民の政治的監視及び政治的審判に委ねることが妥当であると判断したものである。

5 法は、名簿登載者の選定の場合にも、除名の場合と同様の規定を置いている。名簿の登載(選定)と排除(除名)は表裏の関係にあり、その立法者の意思が同様であることは当然であるが、選定の場合には、より立法者の意思が明確になっている。すなわち、法は、除名の場合と同様、名簿届出の際に、名簿登載者の選定手続を記載した文書及び選定機関の代表者の選定を適正に行ったことを誓う宣誓書の添付を義務付けるだけにとどめている(八六条の二第二項三号〔施行令八九条の二第二項第一号〕、四号、五号)。そして選定手続以外の宣誓書については、準拠すべき実体的な根拠規定が存し(八六条の二第一項、八七条三項、八六条の四、八七条一項、同二項)、また右規定に違反した事実を選挙期日までに選挙管理機関が知った場合は、同機関は名簿の登載の抹消、届出の却下等を講ずべき旨規定され(八六条の二第五項、第九項)、さらに、右規定に違反した場合には当該名簿登載者は当選人としない旨規定されている。〔三号及び四号については、六八条二項三号により当該規定違反の政党に対する投票は無効と規定され、五号については、九五条の二第一項の文言上当該規定違反の名簿登載者は当選人としない旨規定されている(当該選挙の期日において公職の候補者たる者に限る、との文言)。〕。このように選定手続以外の問題については、宣誓書の添付に止まらず、その内容が事実に反している場合には、当選無効を明示する等詳細に規定されている。ところが、選定の場合には、宣誓書添付を求めてはいるが、その手続が適正でない場合の届出の却下はもとより、名簿登載者の当選無効についても何ら規定がない。右の他の宣誓書に関する条文と対比すると、法が選定のような高度の政治的判断を伴う政党の行為については、政党の自治ないし自律を最大限尊重し、国家権力が介入しないとの前記基本方針を反映させているものと言い得る(「改正公職選挙法の解説」二七頁、六九頁参照。)。

立法段階においても発議者から、選定手続は何人かの委員でも、トップ一人が決めても全く政党の自由である旨説明されているところである(松浦議員・衆議院会議録六号二〇頁)。

6 法は、投票後の党による名簿取下げ事由の如何を問わず認めている(九八条二項、一一二条四項)ところ、これは一般的には解散や分裂、合併といった組織上の変動が行われた場合を予想したものであるが、どのような事由で取り下げするかは全く政党の自由としている。政党に何らかの事態が生じ、操上補充をすべきでないとする判断は、国民に対し政治的責任を負う政党自身に委ねるほかはないとの趣旨に基づくもので(「改正公職選挙法の解説」一五六頁)、この規定も政党の自主的判断を尊重し、国家権力が介入しないとの立場の反映である。

7 以上のとおり、法は高度な政治的判断を伴う除名につき、政党の自治及び自律を尊重するという観点から、投票前であれ投票後であれ、選挙管理機関に届出さえあれば、その判断を尊重して除名者を当該政党にかかる当選人とはしない旨明らかにした。

また手続面においても、同様に、如何なる手続によるかは政党の自主的判断に委ね、法が一定の「公正手続」を要求しそれに拠らなかったときは効力を認めないという規制は採用しなかった。除名という高度の政治的判断を伴う政党の行為については、内容及び手続の適否の問題は、公権力が法的強制力を伴って介入すべき事柄ではなく、最終的には主権者である国民の政治的審判に委ねることが妥当であるからである。

五 原判決の法令違背

1 法は、前述のとおり、政党の自主性及び自律性保障の観点から、高度の政治的判断を伴う政党の名簿登載者に対する除名手続の適否について、一定の「公正手続」に拠るべきことは要求しなかった。しかるに原判決は、投票後の政党の名簿登載者に対する除名につき、裁判所が独自に設定した「公正手続」を要求し、それに拠らなかった除名を無効とした。原判決は、実定法が明確に公権力は介入しないこととした事柄に対し、実定法に反して介入したものであり、重大なる法令違背を犯している。そしてこの違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

政党が国政の中で果たす役割の重要さに鑑みれば、その内部秩序の「公正さ」がその党員のためにのみならず、広く国民の側からも望まれようが、しかしその確保は公権力の介入によってではなく、主権者たる国民の不断の監視の下、政治的な実践においてなされていくべきものである。そのような意味で法は政党の除名手続の適否に関して「公正手続」を要求しなかったのである。にもかかわらず裁判所が独自に「公正手続」を要求することは法の解釈を超えるものであって許されない。裁判所は独自に「公正手続」を要求するような任務も権限も持っておらず、審査権の行使は限定的でなければならない。

2 原判決は、いったん投票が行われた後の政党の除名は、名簿登載者及びその順位をも考慮してされた選挙人の右投票についての意思をも無視することとなるものであると判示するが(四三頁)、有権者は名簿登載者及び順位を考慮にいれることはあるとしても、基本的には政党及びその政策に対して投票するのであるから、投票後に名簿登載者の中で除名適格者が生じた場合には、かえって政党によって直ちに除名がなされなければ、政党に投票した有権者の投票についての意思が無視される結果になるというべきである。

3 また、原判決は、わが国における代表的な政党の多くが、その所属員の除名について程度の差はあるが公正な除名手続を定めていること、昭和五七年の公職選挙法改正時の国会論議、法が「除名手続」「除名が適正に行われたこと」との文言を用いていること等から、法は、政党が名簿登載者を除名するについては、その自治規範において、民主的かつ公正な除名手続を具体的に定めそれに従って当該除名が行われることを当然の前提としているものというべきである、と判示したが(四四・四五頁)、誤りである。

政党は、わが国議会制民主主義を支える重要な基盤であり、政党の大小を問わず、また政党の成熟度の如何を問わず、その活動の自由を保障することは極めて重要である。多種多様な活動をする多数の政党のそれぞれが置かれた状況を無視して、一律に妥当する基準が存するとの前提を置いたり、代表的な既成政党と同じ自治規範を持つことを前提としていたとすることはできない。また、公職選挙法改正時の国会論議を見ても、原判決引用部分だけでなく、前記三で引用した論議をあわせ検討すれば、法が、除名につき民主的かつ公正な手続を当然の前提としていたとは認められない。更に、前記引用法文の文言が根拠になるとの点は、むしろ法は、前記四で詳述したとおり、政党に対し、除名について「公正手続」によるべきとの法的規制をせず、かえって政党の除名手続について法は関与することなく、政党の自主的判断に委ねているのである。

4 以上のとおり原判決には、投票後における政党の名簿登載者に対する除名手続及び繰上補充による参議院比例代表選出議員の当選を無効とすべき事由に関する法の解釈につき重大なる法令違背がある。そしてこれが判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、原判決は破棄を免れない。

第三点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな公職選挙法二〇八上の解釈・適用の誤りがある。

一 原判決は、政党の除名処分が無効である場合には、それが有効であることを前提としてなされた繰上補充による参議院比例代表選出議員の当選は無効に帰すると解釈した上で(これが違法であることは上告理由第二点に詳述したとおりである)、二〇八条の当選訴訟において、当該当選無効事由(政党の除名処分の無効)の存否を審理判断できると判示したが、このような解釈は、同条の当選訴訟が被告も第一審裁判所も特に限定された特殊な民衆訴訟であることを看過して、審理判断できない事項につき審理判断できるとした違法なものであり、原判決の同条の解釈・適用には誤りがある。

二 二〇八条に定める当選訴訟は、法律により左記のような限定が加えられた極めて特殊な訴訟類型である。

① 国の選挙において当選をしなかった者(参議院比例代表選出議員の場合は名簿届出政党等を含む)のみが提起できる。

② 被告が当該都道府県の選挙管理委員会(参議院比例代表選出議員の場合は中央選挙管理会)と法定されている。

③ 提起すべき裁判所が高等裁判所と法定されている。

右当選訴訟は、裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる「法律上の訴訟」(裁判所法第三条)を対象としたものではなく、行政事件訴訟法第五条にいう「民衆訴訟」、すなわち「国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの」であると解されている(自治省選挙部浅野大三郎他「改訂新版・逐条解説公職選挙法」一一一三頁、南博方編「条解行政事件訴訟法」一九四頁、園部逸夫編「注解行政事件訴訟法」五三二頁他)。

三 当選訴訟の右特殊性から判断すれば、法は、当選訴訟で審理判断できる当選無効事由とは、選挙管理機関の法違反行為であり、私人の裁判を受ける権利とは直接の関係がなく、事実審理を高等裁判所の一審限りとしても許される事由であることを当然の前提にしているというべきである。

従って、仮に選挙管理機関ではない私人の行為が当選無効事由になりうるとしても、それを二〇八条の当選訴訟で審理判断することは妥当でない。審理判断できると解した場合、当該私人の立場からすれば、自らの行為が裁判で審理判断されるにもかかわらず、当該当選訴訟に訴訟当事者として関与できる保障がないうえ、関与しえたとしても事実審理が高等裁判所の一審限りになってしまうからである。

法も、選挙管理機関ではない私人の一定の行為が当選無効事由になることを定めているが(二五一条以下)、当選無効とするための手続としては、当該私人の一定の行為が刑事裁判手続で確定されそのものが刑に処せられたときに限り、かつその時に自動的に当選無効となる旨定めており、二八〇条の当選訴訟で当該私人の一定の行為を審理判断することは認めていない。立法論としては、当選訴訟で審理判断できるとすることも可能であったが、当該私人の裁判を受ける権利を実質的に保障する観点から、刑事裁判手続によって審理判断することにしたものと解される。

名古屋高等裁判所平成四年一二月一七日判決(判タ八〇五号二四九頁)も、同旨であり、「(当選無効)原因となり得べき違法事由には、当該当選人決定についての違法、即ち、当選人を決定した機関の構成や決定手続の違法、各候補者の有効得票数の算定の違法、当選人となり得る資格の有無の認定に関する違法等のみがこれに当たるものと解するのが相当である。」と判示している。

四 本件で原告が主張している当選無効事由は、政党による除名行為の不存在又は無効であり、選挙管理機関の法規に適合しない行為を理由としていないので、二〇八条の当選訴訟で審理判断することは許されない。

存否及び効力が争われている対象が政党の除名行為という慎重な事実認定が必要なものであること、その対象を裁判所が審理判断する際に当該政党が当事者となっていなければ当該政党の裁判を受ける権利が奪われること、当該政党から審級の利益を奪うことは許されないこと等からすれば、右のような事案は、政党を被告とした民事訴訟(除名処分無効確認)、あるいは政党を訴訟参加人とした抗告訴訟(当選決定取消訴訟、無効確認訴訟)により、まず地方裁判所にて審理されなければならない。

原判決は、参加人日本新党を原審の訴訟手続においては訴訟当事者という主体的な地位に全くつかせることのないまま、従って同党に対し事実関係に関する主張立証をする機会を全く与えないまま、同党の除名処分を無効と判断した。この原判決が参加人日本新党の裁判を受ける権利を全く無視した不当なものであることは論を待たないが、仮に原審裁判所が職権で同党を訴訟参加させていたとしても、二〇八条の当選訴訟で審理判断できるとした場合には、同党は除名処分という重大な行為につき、事実審理を高等裁判所において一回限りしか受けられないこととなる。これは私人の裁判を受ける権利を実質的に奪うものであり許されない。

五 以上のとおり、選挙管理機関の行為ではなく私人の行為を、二〇八条の当選訴訟において当選無効事由として審理判断することができるとした原判決には重大なる法令違背があるので、原判決は破棄を免れない。

第四点ないし第六点〈省略〉

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